ロンドンパンクの衝撃(ダムド、クラッシュ、セックス・ピストルズ、スージー&ザ・バンシーズ)

ピストルズ、クラッシュ、ダムド、ピストルズの親衛隊であったスージーが作ったバンシーズは、目いっぱい書いているので、スクロールして見てもらいたい。PILは、ニューウェーブと言われているが、ここではピストルズからの音楽シーンの流れがわかりやすいので敢えて入れている。

■3大パンク(ピストルズ、クラッシュ、ダムド)以外主なバンド、アルバム

セックス・ピストルズに衝撃を受けた、ミュージシャンが続々とデビューしアルバムをリリース。
人気があったのは、ザ・ジャム、ザ・ポリス、ジェネレーションX、ストラングラーズ(少々系統は違うと思う)

パンク・ムーブメントの中で登場しながらも、その後スタイルを変えながらビリー・アイドル、ポール・ウェラー、スティング達は世界的な成功を成し遂げていくことに。

パンク・ムーブメントが終わるころ1978年頃に出てきたのがシャム69、クラスで、オリジナルパンクではないが、その後のパンクに影響を与えたという意味で取り上げている。


イン・ザ・シティ




No More Heroes






Outlandos D'Amour (Dig)




Generation X (Deluxe Edition)






Tell Us The Truth




Feeding of the Five..





■ロンドンパンクに大きな影響を与えた米国のバンド

ジョニー・サンダース、ラモーンズ、イギー・ポップ、リチャード・ヘル等は、ロンドンパンク(後にオリジナルパンクとも言われた)のミュージシャン達に多大な影響を与えることに。

NYドールズの後期のマネージャーであった、マルコム・マクラーレンがリチャード・ヘルをイギリスに連れて行こうとしていたが、断った。
その2か月後に、イギリスでセックス・ピストルズというバンド名を耳にする様になったとの逸話もある。


RAMONES




New York Dolls






Stooges (Dlx)




Blank Generation






L.A.M.F (紙ジャケット仕様)






■ハードコア・パンク

オリジナルパンクに刺激を受け、80年代前半に活躍した世代。エクスプロイテッドの「PUNKS NOT DEAD」(パンクは死んでいない!)は、ハードコア・パンクを象徴したバンドと言えるかと思います。
※曲、モヒカン・スタイル、サウンド(攻撃性・暴力性)等。

ビジュアル・サウンド、歌詞共に、より過激なものとなっていました。ディスチャージは、非常にノイジーで轟音、GBHはスピード感のあるどちらかと言えばオリジナルパンクを継承したキャッチーさも持ったバンド。
カオスUK、コンフリクトも有名。


Punk's Not Dead / On Stage




City Baby Attacked By Rats






Hear Nothing See Nothing Say Nothing (Dig)




ショート・シャープ・ショック




Rebellion Sucks




■ポジティブ・パンク

ポジティブ・パンクは、ハードコアパンクと同時期ではあるものの、アーティスティックで陰影に富んだサウンド。
パンクとサイケデリック、芸術性の融合とも言われた。

以前は、キュアー、バウハウスも同様の括りに入る事もあり、ゴシック・ロックとかなり被っているため、業界的に「ポジパン」とか呼んでいた物が死語になり、「ゴシック」と呼ばれるようになった可能性もあり。

有名なバンドは、セックス・ギャング・チルドレン、サザン・デス・カルト(デス・カルト→ザ・カルト)、ザ・ダンス・ソサエティ、ザ・シスターズ・オブ・マーシー、エイリアン・セックスフィーンドなど。


Song And Legend




The Southern Death Cult by The Southern Death Cult (1996-07-23)






FIRST & LAST & ALWAYS [12 inch Analog]




Acid Bath






SEDUCTION - THE SOCIETY COLLECTION






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

■The Damned

td.png

今回はロンドン・パンクのダムド。
セックス・ピストルズ、クラッシュと共に、日本では3大パンクバンドと呼ばれていました。

このバンドはクラッシュの所でも書きましたが、ここにもロンドンSSという幻のバンドがバンド結成に関係しています。

ダムドの前身ともいえる「Subterraneans」が1975年にキャプテン・センシブル(B)、ラット・スキャビーズ(Dr)、ロンドンSSのギタリストであったブライアン・ジェイムズによって結成されます。
このバンドは、自然消滅しますが、墓掘人足をしていたというデイヴ・ヴァニアン (Vo)が加入し、1976年1月にダムドが結成されました。

■アルバム
1977 Damned, Damned, Damned
1977 Music for Pleasure
1979 Machine Gun Etiquette
1980 The Black Album
1982 Strawberries
1982 Live Shepperton 1980
1985 Phantasmagoria
1986 Anything
1986 Not the Captain's Birthday Party?
1989 Final Damnation
1995 I'm Alright Jack & the Beanstalk
2001 Grave Disorder
2008 So, Who's Paranoid?
2018 Evil Spirits

その年はイギリスでパンク・ムーヴメントが吹き荒れており、セックス・ピストルズのサポートを務めながら、「100 Club PUNK Festival」などに出演しました同年10月には、ロンドン・パンクとして初のシングルとなった
「ニュー・ローズ」をリリース。

勢いのあるダイナミックなR&Rは、ダムドの代表曲ですが、パンク・ロックを代表する曲になりました。
最初のイントロのギター・リフから最高にカッコイイ曲です。

New Rose




1977年にロンドン・パンク初のアルバムとなった「Damned, Damned, Damned」をリリース。
「ニュー・ローズ」「ニート・ニート・ニート」など初期の代表曲を含んだアルバムは、ストゥージズやMC5、ニューヨーク・ドールズなど当時廃番となっていたレコードに匹敵するアルバムをつくろうという目標で制作されたという説がありますが、伝説的なアルバムが出来たと思います。

レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジもこのアルバムを気に入り大音響で聴いていたという話もあります。
レッド・ツェッペリン自身は、この頃オールド・ウエーブと揶揄されていましたが、ダムドやパンクロックに感化されたと思われる曲も作っており「Coda」に収録されています。

同年11月には「ミュージック・フォー・プレジャー」を発表。
しかし、リリース直後にラットが脱退、続いてブライアンも脱退し、1978年4月のライブを最後にダムドは一旦解散。

パンク・ムーブメントを牽引していたセックス・ピストルズもジョニー・ロットンが脱退し、パンク・ムーブメントは急速に終息していきます。

Damned Damned Damned (2017 Remastered) [Explicit]




MUSIC FOR PLESURE(紙ジャケット仕様)





しかし、すぐにダムドは再結成され1979年にChiswick Recordsからシングル「ラヴ・ソング」が本国イギリスで大ヒットし、アメリカツアー後に3rdアルバム「マシンガン・エチケット」をリリース。

このアルバムは、ギターがキャプテン・センシブルに変わりハード・ロック色の強まったスピード感あふれるキャッチーなサウンドは、ファーストアルバムと並ぶ傑作であり、人気の高い作品で僕は一押しですね!

1980年4thアルバム「ブラック・アルバム」をリリース。
タイトルからビートルズの「ホワイト・アルバム」に対抗したアルバムかと思いますが・・・
サウンドはよりPOPになり、多様化した充実した内容となっています。個人的に非常に好きなアルバムです。

Machine Gun Etiquette




The Black Album





1982年に「ストロベリーズ」をリリース。1984年キャプテン・センシブルが脱退。

その後ダムドは、ヴァニアン色を強め1985年、MCAレコードからアルバム「ファンタスマゴリア」をリリース。これまでのイメージを覆す、ゴシック的なイメージのジャケットやスマートで幻想的な楽曲により、往年のファンからは賛否両論がでましたが、大ヒットしました。

Strawberries (Deluxe Edition)




ファンタスマゴリア 2(紙ジャケット仕様)






1986年12月7枚目のアルバム「エニシング」をリリース。1988年初期オリジナルメンバーのブライアンとキャプテンを加えライブを敢行。
1989年ライブアルバム「ファイナル・ダムネイション」をリリース。

Anything




ファイナル・ダムネイション




ザ・ダムド ファイナル ダムネーション [DVD]




1990年にはオリジナルメンバーでアメリカツアー実施後、来日公演も実施されました。わたしも来日公演を見に行きましたが、キャプテン・センシブルがギターで、マシンガン・エチケット、ブラック・アルバムの曲を中心にライブが実施されていて最高のライブだった記憶があります。

1995年「I'm Alright Jack & the Beanstalk」(Not of This Earth)、2001年9thアルバム「Grave Disorder」をリリース。

I'm Alright Jack & the Beanstalk




Grave Disorder





2008年「So, Who's Paranoid?」、そして10年振りの2018年には「Evil Spirits」をリリース。


So Who's Paranoid




EVIL SPIRITS






ライヴ・シェパートン1980 【オリジナル日本盤LP再現紙ジャケット仕様/K2HDマスタリング HQCD/完全生産限定】




Not the Captain's Birthday Party






ベスト・オブ・ダムド




ベスト・オブ・ダムド






トータル・ダムネイション・ダムド・ベスト!




Black Is The Night: The Definitive Anthology






Best of




The Very Best of...





Noise: the Best of the Damned Live




■映像等

地獄に堕ちた野郎ども(字幕版)




ライヴ!マシンガン・エチケット 25thアニバーサリー [DVD]




ティキ・ナイトメア ~ライヴ・イン・ロンドン [DVD]




■関連書籍

パンク UKエディション




DOLL (ドール) 2005年 09月号 [雑誌]





・・・・・・・・・・・・・・・・

■THE CLASH
images.tc.bmp

パンク〜ニュー・ウエーブでセックス・ピストルズ、PILを取り上げましたが、今回はクラッシュ(1976年 - 1986年)

1975年にクラッシュの前身バンドにあたるロンドンSSが結成されます。このバンドは、ミック・ジョーンズを中心に結成されましたがレコードリリースはおろか、ライブすら行われず1976年に解散します。
しかし、ロンドン・パンクシーンで中心となった人物が関わったバンドとして何気に有名だったりします。
・ポール・シムノン
・トッパー・ヒ―ドン
・トニー・ジェイムス
・ブライアン・ジェイムス
・ラット・スキャビーズ

いわゆるロンドン・パンクシーンの中心メンバーがバンドメンバーであったり、オーディションを受けにきたようです。(しかし・・いったい何をやってたんでしょうね??)

まさに幻のバンド・・ロンドンSS解散後、ミック・ジョーンズとポール・シムノンはヴォーカリストを探します。そんな時にであったのが、パブ・ロックのバンドThe 101ersでした。

7-1976 -Ep- [Analog]



ジョー・ストラマーが雑誌のインタビューで語っていた面白いエピソードがあります。ミック・ジョーンズとポールシムノンとの初めての出会いの場面ですが・・かなり・・笑えました。
(ロッキング・オン ROCK GIANTS 80’より)

「〜確か失業保険金を受け取りに行った時だったかなあ、隣の列に並んでいる人相の悪い男が二人、俺のことをジーッと穴があくほど見つめてるんだよね。俺はてっきり『こいつら俺にケンカを売ろうとしてやがる』と思ったから、なるべく目線があわないようにしてたんだよ。こんなガラの悪いやつらに関わっちゃたまんないと思ってさ」

「(笑)でも後で奴らに聞いてみたら、以前The 101ersで歌っている俺を観たことがあるんで、話しかけたいと思って機会を狙っていただけだって言うんだよね。しかし、それにしちゃ目つきが悪すぎる奴らだと思ったから10ポンド34ペンスを受け取るなり、いつ殴りかかられてもいいように身構えてクルッ!!と振り返ったんだ。で、拳をグッと握りしめて一歩踏み出したら、『おおっ!!』という顔をしてジリジリと後ずさるんだよ。」

一方、ジョー・ストラマーも自分のバンドの前座をやった無名のセックス・ピストルズに衝撃を受けて、自分の道を見つけたものの、ジョー以外の他のメンバーは、興味を持たなかったようです。
そんな時に、ジョーがバーニー・ローズからミックとポールがジョーとバンドを組みたがっているという誘いをうけたという事です。

しばらくして、The 101ersに見切りをつけ、ポール・シムノン(ベース)、テリー・チャイムズ(ドラム)、キース・レヴィン(ギター)を加えた5人で 「ザ・クラッシュ」を結成。

■アルバム
1977年 The Clash
1978年 Give 'Em Enough Rope
1979年 London Calling
1980年 Sandinista!
1982年 Combat Rock
1985年 Cut the Crap

1976年年7月にはセックス・ピストルズとともに初ライブを行い、12月のアナーキーツアーの頃には、ピストルズと共にロンドン・パンクを牽引する存在になります。

1977年1月にCBSレコードと契約。
キース・レヴィンは新しいバンド、フラワーズ・オブ・ロマンスを結成のため脱退。後にPILに参加。

Public Image/2011 Rema



同年3月には、シングル「白い暴動」でデビュー。
シングルB面の曲「1977」では、「1977年にはエルヴィス・プレスリーもビートルズもローリング・ストーンズも要らないんだ!」と歌い、既成のロック・シーンに強烈なインパクトを与えます。

同年4月には、ファースト・アルバム「白い暴動」をリリース。
少々、録音状態が悪いのが気になるところではありますが・・それを上回る、気合いと気迫の籠った攻撃的なシンプルなロックン・ロールでイギリスにおいては高い人気を獲得。

曲は「White Riot」「Career Opportunities」「Police and Thieves」など彼らの代表曲が揃っており、曲の短さもさることながら凄まじいインパクトを持っています。このころテリー・チャイムズも脱退しトッパー・ヒードン(ドラム)が加入。

白い暴動




11月には、セカンド・アルバム「動乱(獣を野に放て)」をリリース。
こちらは、録音状態もよく最も勢いのあった頃のクラッシュを堪能できます。

動乱(獣を野に放て)




この頃のクラッシュの状況がよくわかる映像「ルード・ボーイ」がありますので、
併せて紹介しておきます。

ルード・ボーイ [DVD]




1979年には、編集アルバム「パール・ハーバー’79」を日本とアメリカで発売。

パール・ハーバー’79




同年12月には、プロデューサーにガイ・スティーブンスを起用した名盤「ロンドン・コーリング」をリリースします。ポール・シムノンがベースを叩きつけているアルバムジャケットも非常に魅力的です。
タイトル曲は、凄まじいカッコ良さで・・日本の洋楽番組でもよく紹介されていました。

ロンドン・コーリング




アメリカでも「トレイン・イン・ヴェイン」が大ヒットし、他のロンドン・パンクバンドが成しえなかったアメリカでの成功を掴んでいきます。

また余談ですが、このアルバムは1979年に発売されたにもかかわらず(笑)アメリカの音楽雑誌「ローリング・ストーン」によって1980年代最高のアルバムに選出され、2003年には同誌によってグレイテスト・ロック・アルバムの第8位に選出されています。(アメリカでは発売が遅れたのかも・・)

1980年には、アメリカのみの編集アルバム「ブラック・マーケット・クラッシュ」をリリース。

ブラック・マーケット・クラッシュ




同年12月には、「サンディニスタ!」をリリース。レコード時代は3枚組とボリュームも多く、前作で、ファーストから続いた音楽の方向性の頂点に達した彼らは、また違う方向性を模索していた時期と言えると思いますが、より大胆にレゲエを取り上げていったこのアルバムは賛否両論を生みました。

Sandinista! (Remastered)




1982年、アルバム「コンバット・ロック」をリリース。シングル「ロック・ザ・カスバ」も全米8位を記録し、アルバムもイギリス・アメリカで大ヒットします。

Combat Rock (Remastered)




しかし、トッパー・ヒードンがヘロイン中毒により脱退、1983年にはなんと・・ミック・ジョーンズがクラッシュを解雇され、バンドが
崩壊していきました。

1985年11月、新メンバーを加えて「カット・ザ・クラップ」をリリース。ファンやマスコミの評判も悪く、ラストアルバムとなりました。・・・しかし個人的には・・「This is England」などジョー・ストラマーの魂が入った歌は良いと思っています。


カット・ザ・クラップ(紙ジャケット仕様)




ザ・ストーリー・オブ・ザ・クラッシュ






Singles




Hit Back (2cd)





■関連書籍等

ザ・クラッシュ 1982 ジャパン―菊地昇写真集 (マーブルブックス)

中古価格
¥2,047から
(2011/9/19 11:47時点)




ザ・クラッシュ THE CLASH/1st ALBUMI ポスター フレームセット

新品価格
¥5,198から
(2011/9/19 11:48時点)





リデンプション・ソング ジョー・ストラマーの生涯

新品価格
¥2,940から
(2011/9/19 11:53時点)




THE DIG Special Edition THE CLASH

中古価格
¥1,800から
(2011/9/19 11:46時点)





■バンドスコア

洋書バンドスコア ザ・クラッシュ ベスト[改訂版]




【バンドスコア】ザ・クラッシュ





■関連映像等

Clash Live: Revolution Rock [DVD] [Import]

新品価格
¥616から
(2011/9/19 11:42時点)




エッセンシャル・クラッシュ [DVD]

新品価格
¥2,975から
(2011/9/19 11:43時点)






THE DIG Special Edition ザ・クラッシュ featuring ジョー・ストラマー (シンコー・ミュージックMOOK)

新品価格
¥1,365から
(2013/11/10 19:19時点)




ロンドン・コーリング ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー コレクターズBOX (初回限定生産) [DVD]

新品価格
¥4,500から
(2013/11/10 19:20時点)





ロンドン・コーリング ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー スペシャル・エディション [DVD]

新品価格
¥3,100から
(2011/9/19 11:52時点)




VIVA JOE STRUMMER プレミアム・エディション [DVD]

新品価格
¥6,421から
(2011/9/19 11:53時点)






レッツ・ロック・アゲイン! スペシャルBOX (完全初回限定生産) [DVD]

新品価格
¥8,000から
(2011/9/19 11:54時点)




ザ・クラッシュ・コーラス’80 [DVD]

新品価格
¥3,263から
(2011/9/19 11:44時点)





残念ながら2002年12月にジョー・ストラマーは心臓疾患で亡くなりました(1952年2月―2002年12月)先天性の心臓疾患だったとのことです。

ジョーは、ファンの子達を大切にしたり、声を掛けたり見た目だけではなく面倒見のよい本当に兄貴的な存在であったという話もあります。ヒッチ・ハイクしてついてくる大勢のファンを止めて自分は床で寝たり・・・また彼は実の兄を自殺で亡くしているのでかなり悩み多き人生だったのではと思います。

一方でメンバーをクビにしたり、女性関係も複雑であったり自己中心的で気難しい面もあったようです。

しかし、彼を愛していたファンは数多くいますしクラッシュを見て人生が変わった人もたくさんいると思います。

それ程、彼はパンク革命を牽引する凄まじいエネルギーを発してしましたし、いつも弱者の味方の様な正義感にあふれる熱いハートを持った歌詞と曲、魂の演奏をするジョーやクラッシュの事は本当にカッコよく大好きでしたし尊敬していました。特にクラッシュの初期の頃の客と一体化した爆発的なライブは・・・僕は他に見たことがありません。

しかし、クラッシュの最後の自然消滅的な解散と若すぎる死には正直ショックを受けました。
でも彼の魂の籠った作品は、永遠と語り継がれていくことと思います。
彼の残した音楽だけではなく本も読んで頂ければ、さらに彼に対する理解が深まると思います。


享年50才で幕を閉じた彼の遺作

ストリートコア

新品価格
¥2,016から
(2011/9/19 11:56時点)




合掌。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

■SEX PISTOLS 〜 PIL

imagessp.jpg

今回、セックス・ピストルズ。

ロンドンパンクと言えば・・セックス・ピストルズ、クラッシュ、ダムド、ストラングラーズ、スージー&ザ・バンシーズ辺りが代表的なバンドとして有名ですが、中でも大きなムーブメントを作った突出した存在だったのはセックス・ピスルズ。

セックス・ピストルズの登場以降、竹の子のように無数のパンク・バンドが登場し、その後のニューウエーブに繋がっていきますが・・
ロックにも歴史というものがあるとすれば、1977年が大きな変換点だったことは間違いない。

ろくすっぽ演奏は出来なくても、俺達でも何かやれると思わせる凄まじいエネルギー。

さて、そんな彼らのバイオグラフィー、ピストルズの場合はマネージャーであったマルコム・マクラーレンの要素抜きでは語れない。

ニューヨーク・ドールズ後期のマネージャーはマルコムがイギリスに戻ってイギリスでもパンク・ロックを流行らせようという目論みがあったところがそもそもの発端。

・・・でなければ、ジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)は単なる、怒れる不良少年で終わったのでは。

マルコムが経営するブティック「SEX」に出入りしていた不良少年達を集めてセックス・ピストルズの前身バンドを作ったのは以外に古く
1974年で、バンド名は「スワァンカーズ」でした。

しかし・・全く上手くいかずに解散していたところに、常連客であった変わり者のジョニー・ロットンを迎え入れて1975年にセックス・ピストルズが結成。

1975年11月からライブ活動を開始、1976年にはシングル「アナーキー・イン・ザ・UK」でデビュー。

Anarchy In The UK




曲は、ハードながらポップでキャッチーな要素もある名曲ですが・・ジョニー・ロットンの怒りに満ちた、歌詞・歌声・態度すべてが凄まじい破壊力。

音楽というか・・なんというかリアルな凄まじい形相に怒りの怨念のこもった叫び・・・
う〜む文章にするのが非常に難しい。それまでの音楽には見られないインパクトとでも言っておきますか。

歌詞からしても、「俺様はアンチクライストだっ!アナーキストだ!辺りかまわずぶっ壊す!このやろう!!」
(え〜w 正しい翻訳ではありませんが、イメージとしては近いと思う。)
ある意味、ジョニー・ロットンは天才というかなんというか・・・シンプルで煽動的なサウンドに、誰もが「ぎょっ」とするインパクトのある歌詞、当分忘れることができない・・憎たらしい?声・・

マルコム・マクラーレンの煽動によって、事が動きだしたのはそうでしょうが・・・ジョニーの登場によって、マルコムの思惑を遥かに超えた・・物が出来上がったのだと思います。

「アナーキー・イン・ザ・UK」には、彼らの要素が全て詰まっており全てを表していると思います。
ロックが、仮に反骨心や自由、怒りの表現だという定義であればこれほどそれを上手く表現した曲は他に無いかもしれません。

さて、レコード会社とのいざこざ等があって、オリジナルメンバーのグレン・マトロック(B)がジョニー・ロットンとの確執でクビに。
ジョニーの友人のシド・ビシャスが加入。



シド・ビシャスといえば、ライブでも鼻血をだして血まみれになりながら演奏?をしたり、客を殴ったり、恋人のナンシー・スパンゲンを刺殺した容疑者であり、ヘロイン中毒で早死にするなど・・まさにパンクの体現者であり、そのことが・・・ますますセックス・ピストルズを伝説化させたことはいうまでもありません。

しかし・・・単純にサウンドの面で言えば、作曲のキーマンであったグレン・マトロックが居なくなり、単純な演奏面でも不安がある麻薬中毒のシドの加入は、バンドの存続という意味では致命的だったと言えるかもしれません。

1977年5月、第2段シングル「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」

God Save the Queen




7月には「プリティ・ベイカント」をリリースし、人気に拍車をかけます。

Pretty Vacant by Sex Pistols (1993-01-27)




しかし、彼らの歌詞や態度に腹を立てた人々も多く、放送禁止になったり実際にメンバーが暴行事件にあったり、逆にメンバーが暴行事件を起こしたりなど様々なトラブルを抱えていくことになります。

1977年10月、シングル「ホリデイ・イン・ザ・サン」そして・・歴史的なアルバム「ネバー・マインド・ザ・ボロックス」をリリース。

Holidays in the Sun/Satellite [7 inch Analog]




Never Mind The Bollocks, Here’s The Sex Pistols





イギリスでの人気は頂点に達し、セックス・ピストルズを中心としたパンク・ムーブメントもピークに。

1978年アメリカツアー。マルコム・マクラーレンとジョニー・ロットンとの確執。
シドの演奏も酷いものでツアー自体も大きな成功は得られずジョニー・ロットンが脱退・解散。

その時のニュースは1978年のミージック・ライフ4月号(文/大貫憲章、撮影/ボブ・グル―エン)ではこんな感じで報道されていました。
201109171021000.jpg
201109171021001.jpg
201109171021002.jpg
アメリカツアーでは、演奏はともかく自己破壊的なシドが人気だったようですが・・腕の傷が気になるところですね。毒舌で話すジョニーの写真なんかも興味深かったです。

その後・・・本物の犯●者であるロナルド・ピッグスを迎えたりしますが・・結局上手くいかず、ドキュメンタリー映画のサントラである「グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル」を発表したりしますが、バンドは消滅。。。

Great Rock 'n' Roll Swindle (2012 Remaster)




その後、ジョニー・ロットンは本名のジョン・ライドンを名乗りPILを結成。

パブリック・イメージ



たまにPILでもピストルズの曲を演奏していましたが・・とうとうピストルズを復活。

1996年 オリジナルメンバーにより再結成、日本公演も含むワールドツアーを実施。
2002年以降も再結成を繰り返しています。

波紋を呼んだ再結成ライブアルバム。演奏は格段に上手くなっています。

Filthy Lucre Live




勝手に見やがれ〜ライブ・イン・ジャパン [DVD]





2007年再結成ライブの映像!!

勝手にやったぜ! ゼア・ウィル・オールウェイズ・ビー・アン・イングランド [DVD]

新品価格
¥3,542から
(2011/9/17 10:51時点)




■ベスト、ライブ
元々、1枚のオリジナルアルバムで解散しながら、後の世代にも大きな影響を与え続け、多数のベスト盤やライブが発売されることになります。

Raw & Live




Sex Pistols Live






Sex Pistols Tapes (Live)




Sex Pistols Live






Sex Pistols - The Interviews




Anarchy in the U.K.: Live at the 76 Club






No Future UK?




Raw and Disorderly (Live)






C'mon Everybody




Pistols at Dawn





■関連書籍

DESTROY SEX PISTOLS1997




セックス・ピストルズ・ファイル (Artist file (06))






ジョン・ライドン新自伝 怒りはエナジー




バンド・スコア セックス・ピストルズ「勝手にしやがれ!!」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

■Sid Vicious

NO FUTURE A SEX PISTOLS FILM (字幕版)




シド・ヴィシャス (1957年5月10日 - 1979年2月2日)本名ジョン・サイモン・リッチー。

セックス・ピストルズの2代目ベーシスト。

麻薬中毒者で、恋人のナンシー・スパンゲンの殺害容疑者であり、喧嘩っ早く、上半身裸で鼻血を流し血だらけになりながら演奏をし、ドラッグのオーバードーズで早死。

シド・アンド・ナンシー [DVD]




しかし、いかにもロッカー的な男前のルックス、彼の壮絶な生き様と死に様は、パンク・ロックの体現者だった。

果たして彼は、幸せだったのだろうか。

元々、ジョン・ライドンの友人であり、キングス・ロードのマルコムとビィビィアン・ウェストウッドの店「SEX」をジョンに教えたのも彼だ。ところが、自分ではなくジョンがピストルズのボーカルに決まった事はかなりショックだった。

結果的には、ジョン・ライドンとグレン・マトロックの確執により、グレン・マトロックがバンドを追い出される形となり、ジョンが推薦する形で友達のシドがグレン・マトロックの後釜としてベースとしてピストルズに加入した。

ジョンからすれば、マネージメントしていたマルコムにもメンバーにも不満があり昔からの友人であるシドを入れることで安心したかったんだろうと思う。

シドは、ラモーンズの大ファンであり、ベースが弾けるようにモーターヘッドのレミーに教えをこいたが、「素質がない」と言われたようだ。

Ramones (40th Anniversary Deluxe Edition) [2016 Remaster]




The Best of Mot・rhead






確かに、演奏家としては本人自身が認めているようにひどいものだし、彼が歌うマイウェイもけして上手いとは言えない。だが彼にはジョンと同様に他の誰もが持ちえないスター性があった。

Great Rock N Roll Swindle




しかし、ナンシー・スパンゲンや元NYドールズのギタリストであり英国で人気のあったジョニー・サンダースとの出会いがより、彼を危険な麻薬の道へ走らせることになった。ジョニー・サンダースは、シドの死をモチーフに名バラード「SAD VACATION」
を作ったが、彼自身薬物のオーバードーズで残念ながら亡くなっている。

Sad Vacation (studio acoustic)




さて、彼は多くのラジカルな発言を残した。

シド・ヴィシャス名言集より

ロックの名言2



俺はたくさん年を取る前に死んじまうと思う。何故だかわからないけど、そんな気がするんだ。

「俺はイギー・ポップのようになって30歳になる前に死にたいんだ」
「イギーはまだ生きてるぞ」
「…そんなことどうでもいいんだ」

大人達には知性なんてものはまるで無い。子供であることをやめるってことは、物事に興味を失うということなんだ。
年齢なんて関係ないんだ。たとえ99歳でも子供でいることは出来る。
ただコード弾いてブーンって鳴って、そしたら音楽だ。

さっさと消えちまいな、俺達にはプレスなんていらないんだ。俺達には誰もいらないんだ。

俺は自分のやりたいことをしたいんだ。世界中がそれを好きじゃなくても全然構わない。

もし一枚も売れなくったって、それが何だっていうんだ?
それが俺達のやりたいことなんだ。それをやっている時は楽しいし、後で聴いてみるのも楽しい。

自分達のレコードは好きだからよく聴くよ。実際いいレコードだと思う。
そうじゃなかったら参加してないと思う。ラモーンズを好きなのと同じくらい、自分たちのレコードが好きなんだ。

何かにイライラすると誰か敵が必要となるんだ。
でもいつもたくさんの友達に囲まれて座っていることが多くて、そんな場合友達には手が出せないから、俺は2階に上がってグラスを割ると、自分自身に切りつけるんだ。そうすると気分が良くなるんだ。

半分くらいは俺がグループの中で一番役立たずのオマンコ野郎だと思うことがあるよ。
俺は確かにバンドの中では最低のミュージシャンだ。でもバンドが当初目指していたものを体現しているのは俺だけだと思う。

俺はマヌケなサウンドチェックなんかしない。俺にはそんなもの必要ない、俺はシド・ヴィシャスなんだ!
彼もようやく俺のやっていることの正しさに気付いたんだ。

4人の気違いたちが遊びに出かけてやりたいことをやって楽しい時間を過ごすっていう、元々のバンドのアイデアを俺は実践したんだ。
俺はそれがピストルズをやる意味の全てだと最初から思ってた。

ステージ上ではパンクの格好をして、実際の自分とは違うパンクスのフリをしといて、家に帰れば襟のついたシャツとネクタイを締めるようなグループがいるけど、あんなのは信じられないな。

俺は映画なんて大っ嫌いだ。映画ではみんな決まった役をやらなければいけない。
自分自身とは違う人物の真似をして。俺の言っていることわかるだろう?
それは高慢で嘘でとにかく最低だ。物事を事実と違うようにでっち上げるんだからな。

ギターがすべったんだ!(客をベースで殴った言い訳)
俺は本当はヴィシャス(悪)じゃないよ。心根が優しくて、ママを愛してる。

俺達はホントは優しくて親切なんだ。でも、誰にでも獣のような側面はあるだろ?

他の3人はあまりにマトモ過ぎるんだ。バーでたむろして酒を飲んで、デブのそこら辺にいる売女とヤったりして、とにかく気持ち悪いんだ。
そんなライフスタイルが俺には我慢できないんだよ。

14か15歳の頃、女物の服を試してみた時期があった。
ほんの数カ月の間だけだけどね。
俺はストレートなセックスには興味ないんだ。変態行為が好きなんだ。

俺達は一緒に死ぬ約束をしてたんだ。こっちも約束を守らなきゃいけない。
死んだらあいつの隣に埋めてくれ。

ロットンは友達だった。とてもイイ奴だよ。俺は奴が好きだった、本当に。
奴はとてもラジカルだった。奴が俺のことをどう思ってたかは知らないが、俺は親友だと思ってたね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シド・シングス (紙ジャケット仕様)




ベスト・オブ・シド・ヴィシャス






Sid Lives




Jack Boots & Dirty Looks [12 inch Analog]






サーチ&デストロイ




トゥー・ファースト・トゥ・リヴ(CCCD)






Vicious White Kids Live




Live at Max's Kansas City





■ジョン・ライドンから
シドのことじゃ、苦しみと後悔と悲しさしか感じない。

俺はダチを亡くした。俺が変えられるようなことじゃなかった。若かったから。
畜生、俺がもっと利口だったら……あいつはクソみたいなもんのせいで死んだんだ。

死んだ奴を思えば悲しくなるよ。シドはいい奴だった。冗談が満載の奴だった。でもパンクという小賢しい産業が、あいつをユーモアの無い薬中の化け物に変えてしまった。

俺はくだらないロックンロールの方程式にはまりたくなかった。

音楽には人間性、その人自身を反映するべきだ。残念ながらピストルズ以前のバンドはそれをしなかった。

やらなければいけないと思われたことをやるだけ。それがミュージシャンをズタズタにする。みんな嘘をつききれなくなって、ヘロイン中毒になっちまう。

落とし穴に気づきながら、そこに落ちないでいるシドに俺は関心していた。

なのにピストルズに入った途端、シドはおぞましいナンシー・スパンゲンというグルーピーの罠にはまっちまった。

ナンシーはヘロインをやるべきだとシドに思い込ませた。スターは危険なドラッグをやらないといけないってね。シドはマジになってロックンロール的ライフスタイルを実践した。ヴェルベット・アンダーグラウンドやルー・リードの人生のアプローチ、ドラッグ体質を心底信じたんだ。(STILL A PUNK ジョン・ライドン自伝 ロッキング・オンより引用)

Still a Punk: ジョン・ライドン自伝




■関連書籍等

シド・ヴィシャスの全て VICIOUS?TOO FAST TO LIVE…




シドズ・ウェイ






シドビシャス ロックンロールスター




シド・ヴィシャス伝説「勝手にしやがれ」 (宝島コレクション)





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

■Public Image Ltd




今回はロックシーンに多大なインパクトを与えたパブリック・イメージ・リミテッド(通称ピル:PIL)。

セックス・ピストルズを脱退したジョニー・ロットンは、本名のジョン・ライドンと名乗るように。

1978年ジョン・ライドンは、ジャマイカで休暇を過ごした後、初期のクラッシュのギタリストであったキース・レヴィンや、ジャー・ウォブルに声を掛けて新バンドを結成。







そもそも、ライドンからすると、ロットン(腐った)という芸名!?自体気に入らなかった様で、自分の抜けたピストルズが腐って行くのを横目で見て、お前らがロットンなんだよと思っていたとの事w。

さて、ピストルズ自体はイギリスにおいて策士マルコム・マクラーレンの販促戦略もあり成功はしたものの、彼自身は散々な思いをしたので自分でコントロールできるバンドを作りたかったのだろうと思います。

彼は、雑誌のインタビューで本質を突く事を語っていました。(ロッキング・オン ROCK GIANTS 80’より)

●マルコムとしちゃあ、机にふんぞり帰って電話かなにかで尊大に振る舞っていればそれでよかったんだから、こんなボロいことってなかったろうよ。『どもども、私たちはトラブルメーカー、売りはバイオレンスでっす』とか売りこんでりゃあいいわけだ。

でも、そのバイオレンスを現実に生きて、ぼろ雑巾のようにされていたのはこの俺なんだからな。」

■アルバム
・パブリック・イメージ - Public Image: First Issue (1978年)
・メタル・ボックス - Metal Box (1979年)
・P.I.L.パリ・ライヴ - Paris au Printemps (1980年)
・フラワーズ・オブ・ロマンス - The Flowers of Romance (1981年)
・ライヴ・イン・TOKYO - Live In Tokyo (1983年)
・ジス・イズ・ホワット・ユー・ウォント - This Is What You Want... This Is What You Get (1984年)
・ALBUM (1986年)
・HAPPY? (1987年)
・9/ナイン (1989年)
・グレイテスト・ヒッツ・ソー・ファー - The Greatest Hits, So Far (1990年)
・ザット・ホワット・イズ・ノット - That What Is Not (1992年)
・Plastic Box (1999年)
・Live at the Isle of Wight Festival 2011 (2011年)
・ディス・イズ・PiL - This Is PiL (2012年)
・ロックパラスト1983 - Live at Rockpalast 1983 (2012年)
・ホワット・ザ・ワールド・ニーズ・ナウ - What The World Needs Now (2015年)
・The Public Image is Rotten - Songs from the Heart (2018年)

1978年12月ファーストアルバム「PUBLIC IMAGE」をリリース。


そのサウンドは非常に斬新であり、セックス・ピストルズ※のようなハードなR&Rを期待するファンは裏切ることになりましたが、まさにその後のニュー・ウエーブを象徴するような画期的なものでした。
https://ukrock1977.work/category/11483614-1.html

Anarchy In The UK (Live)





結果的に、セックス・ピストルズでその当時のイギリスのロックシーンを一度破壊し、PILのこのファーストがその後のニュー・ウエーブ〜ポスト・パンクシーンを作る種を撒いたと思います。

Singles: 1979-1983, Volume 2




そもそもピストルズがNYドールズ後期のマネージャーだった、マルコム・マクラーレンがアメリカのNYパンクに衝撃を受けてイギリスに戻り自国でもパンクを流行らせようと画策したバンド。

Too Much Too Soon



マルコムの奥さんであったヴィヴィアン・ウェストウッドの破壊的なファッション。(その当時の話)

Vivienne Westwood ヴィヴィアン・ウェストウッド 財布 DERBY 長財布 ポシェット ショルダーウォレット 51050026 NEW EXHIBITION 18SS




[ヴィヴィアン ウエストウッド VIVIENNE WESTWOOD] ネックレス・ペンダント [並行輸入品]




バイオレンスな歌詞。しかし曲自体はポップでキャッチ―であり、徹底したスキャンダラスなイメージ戦略や実際のメンバーの破壊的な言動で噂が噂を呼んだ・・・

ある意味非常に商業的な意味合いが強かったバンドであった。

ライドン自身はアメリカでもピストルズの成功を望んでいた。
しかし、実際はツアーでもメンバーは麻薬中毒やら何やらでロクすっぽまともに演奏できない事や、実際に暴行の被害に合うなどライドンからすれば、やめたくて仕方がない状態だったのでは。

The Sex Pistols Invade America: The Fateful U.S. Tour, January 1978




Twelve Days on the Road





ただし・・・彼はマルコムの創造を遙かに超える才能とカリスマ的な存在感を持っていた。

でなければ、、あんな歌詞は書けないし、カリスマ的な人気も出なかった。さて話をPILに戻すと、特に初期のPILは強烈なインパクトを持っていた。

初期の頃のPILの写真集。



1979年にはセカンドアルバム「Metal Box」を発表。
当時、缶入りのレコードは非常に斬新なアイディアであり話題となりました。

またその中身も、非常にインパクトのある作品となっていました。
ジャー・ウォブルのうねるベースに、斬新なキースのギター、そこに絡むジョン・ライドンの不思議なボーカル・・

メタル・ボックス(セカンド・エディション)




Metal Box






「P.I.L.パリ・ライヴ」PILの初期のライブアルバムで、ライドン、キース、ウォブル、アトキンスというラインナップでは唯一のものとなります。

1981年「Flowers Of Romance」をリリース。
ドラムが暴れまくり、その上に呪術的なライドンのボーカルが漂い病的なギターが被さったようなサウンドは、非常に実験的で面白い作品。

P.I.L./パリ・ライヴ




フラワーズ・オブ・ロマンス(紙ジャケット仕様)






初来日公演の作品。ライドンのバックの看板が「カメラのさくらや」。

ライヴ・イン・TOKYO




ライドンとレヴィンは「Commercial Zone」を完成させますが、意見の対立でリリース直前にレヴィンが脱退、アルバムはお蔵入り・・
(キース・レヴィンの自主制作盤として発表)
1984年に「This is what you want, This is what you get」を発表。ヒップ・ホップが導入。

Moments Lost (C) Commercial Zone 2014 (feat. Kathleen M. Bonczyk)




This Is What You Want This Is What You Get





結果的にPILはロック・バンドというよりも、ライドン中心の流動的なプロジェクトとなっていきます。

1986年あのスティーブ・ヴァイ、ジンジャー・ベイカーや坂本龍一を迎えて「Album」を発表。レコードには「Album」ですが、CDでは「COMPACT DISC」となかなか洒落たタイトル。

album




Compact Disc





1987年「Happy?」を発表。元マガジンのジョン・マッギー、元ポップ・グループのブルース・スミスを迎えた作品。

1992年ハード・ロックよりのサウンドアプローチの「That What Is Not」を発表。
このアルバムを最後に活動を休止していましたが2009年12月にイギリスツアーで活動を再開。

Happy?/ 2011 Remaster




ザット・ホワット・イズ・ノット(紙ジャケット仕様)





9/ナイン(紙ジャケット仕様)





グレイテスト・ヒッツ・ソー・ファー(紙ジャケット仕様)




Plastic Box





2011年ライブアルバムをリリース、そして2012年・・・なんと1992年以来20年振りに新作をリリース!

「ロックは死んだ」という名言を吐いた、ライドン自身は・・怒れるオヤジとしてまだまだ死なない。シブトイッ!

Live at the Isle of Wight Festival 2011




This Is Pil , from UK)






Live at Rockpalast [DVD] [Import]




What the World Needs Now




PUBLIC IMAGE IS ROTTEN




■関連書籍等
ジョン・ライドンの自伝。パンク、ニュー・ウエーブ/ポスト・パンク期の裏側が垣間見れる快作。
「楽しんでくれよ、さもなきゃくたばっちまえ。」ライドンの序文より。

Still a Punk: ジョン・ライドン自伝




Anger Is an Energy: My Life Uncensored






Rotten: No Irish, No Blacks, No Dogs




ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984






rockin'on ロッキング・オン 1982年 11月号




パブリック・イメージ・リミテッド - ライブ・アット・エンモア・シアター、シドニー





ライドンのHP
http://www.johnlydon.com/jlhome.html

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

■Siouxsie & the Banshees

imagessb.jpg

今回は、スージー&バンシーズ。

■オリジナル・アルバム
・The Scream (1978年)
・Join Hands (1979年)
・Kaleidoscope (1980年)
・Juju (1981年)
・A Kiss in the Dreamhouse (1982年)
・Hyaena (1984年)
・Tinderbox (1986年)
・Through the Looking Glass (1987年)
・Peepshow (1988年)
・Superstition (1991年)
・Rapture (1995年)

結成は、まさにロンドン・パンクの元年1976年。

スティーブ・セヴェリンやビリー・アイドル(ジェネレーションX)と共にセックス・ピストルズの親衛隊Bromley Contingentの一員であった彼女は、スティーブ(b)と共に、後にセックス・ピストルズに加入するジョニー・ロットンの友達のシド・ヴィシャス(ds)、後にアダム&ジ・アンツに加入するマルコ・ピローニ(g)とバンドを結成。

何やら、ロンドンパンク、ニューウエーブを代表する凄いメンバーですが・・
わずか1回のライブで、シド・ヴィシャスとマルコ・ピローニが脱退。

後釜のメンバーが入りますが、ギタリストは常に流動的でした。
1977年、イギリスとヨーロッパをツアーします。1978年ポリドールと契約したバンシーズは、8月にシングル「香港庭園」でデビュー。11月にはファーストアルバム「The Scream」をリリース。パンクの女王として注目を集めます。

ちなみに、バンド名の由来は以下の説がありますが、どちらにしても死を連想させるゴシック的な香りははしますね。
・アイルランド・スコットランド地方で家人の死を予告する女の妖精「バンシー」・ホラー映画「バンシーの叫び」


香港庭園(ホンコンガーデン)




香港庭園(ホンコンガーデン) 16<デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様)




Cry Of The Banshee /バンシーの叫び [ PAL, Reg.2 Import ] [DVD]




1979年9月セカンドアルバム「Join Hands」をリリース。

暗く、重たい作品で、アルバム発表後のツアーで、メンバーが脱退したため、元スリッツのバッジ―(ds)が加入。ギターには、キュアーのロバート・スミスがゲストとして加わりどうにかツアーを乗り切ります。

ジョイン・ハンズ




1980年、元マガジンのジョン・マクガフ(g)をゲストに迎えてツアーを開始。シングル「ハッピー・ハウス」が大ヒットします。

ハッピー・ハウス




また、元セックス・ピストルズのスティーブ・ジョーンズをゲストに迎えてサード・アルバム「Kaleidoscope」をリリース。

Kaleidoscope (Remastered & Expanded)





1981年、4作目の「Juju」をリリース。シングル「呪縛」「アラビアン・ナイト」がヒット。
また、同年にはベストアルバムの「ワンス・アポン・ナ・タイム」をリリース。

Ju Ju (Bonus Tracks)




ONCE UPON A TIME






呪縛




アラビアン・ナイト






1982年には5作目の「A Kiss in the Dreamhouse」をリリース。
これまでとは違う歌声を披露しました。

A Kiss In The Dreamhouse





1984年、キュアーのロバート・スミスをギターに迎えて「Hyaena」をリリース。

Hyaena (Remastered And Expanded)




しかし、ロバート・スミスはキュアーに専念するために脱退。新メンバーを迎えて1986年にアルバム「Tinderbox」をリリース。

Tinderbox




1987年には、全曲カバーのアルバム「Through the Looking Glass」をリリース。

Through The Looking Glass (Remastered And Expanded)




1988年には、「Peepshow」をリリース。

Peepshow (Remastered And Expanded)




1991年に「Superstition」、1995年に「Rapture」をリリースし、1996年に20年間のバンド活動にピリオドを打ちました。皮肉にもセックス・ピストルズが再結成ライブを行った年でした。たまたまなのか、ピストルズの親衛隊だった彼女には何か想う所があったのかもしれませんね。

Superstition (Expanded Edition)




The Rapture (Remastered / Expanded)






■ライブ・アルバム
・Nocturne (1983年)
・The Seven Year Itch (2002年)再結成時のライブ・アルバム


Nocturne




The Seven Year Itch Live (OLD VERSION) by Siouxsie & The Banshees (2003-05-19)





■関連書籍、映像等

Juju




スージー & ザ・バンシーズ ライブ イン ロンドン [DVD]






At the BBC (Bonus Dvd) (Pal)





posted by autmaticmode at 15:58 | UK PUNK ROCK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする