NEW ROMANTIC MOVEMENT

ニューロマンティック(ムーブメント)は、セックス・ピストルズの解散によりパンク・ロックムーブメントが急速に収束する中のロンドンで、P.I.L.から始まったニュー・ウェイヴと同時期に誕生。

1960年代後半にイギリスのロック(ビートルズ、ストーンズ、キンクス等)がアメリカを席巻した状況を「第1次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれていますが、1980年代前半にデュラン・デュラン、カルチャー・クラブがアメリカを席巻(60年代後半と似たような状況)した事から「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれる一大旋風をアメリカで巻き起こします。

なぜ、ニューロマンティックと呼ばれたヴィサージ、デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、スパンダー・バレエが男性ながら、派手なメイクをし、グラム・ロックにも通じる中世ヨーロッパ風のヒラヒラのついた衣装を身につけ、音楽的にはシンセサイザーを中心としたダンサンブルなエレクトロ・ポップがメインだったのか?

こう考えてみるとわかりやすい・・・かな。

彼らにとってパンクロックは、攻撃的かつ、品の無い感じであり、あまり好みではなかったし、最初はインパクトがあったが飽きてしまった。

また彼らはバック・グランドとして子供の頃にグラムロックにインパクトを受け、デビッド・ボウイやロキシー・ミュージックを聴いて育った。

そして1970年代後半にクラフト・ワーク、YMO等のテクノ、エレクトロ・ポップを聴き、更にパンク・ムーブメントの中で全く違うベクトルで異彩を放っていたJAPANが1979年 サードアルバム「Quiet Life」においてエレクトロ・ポップを大胆に取り入れビジュアル的にも洗練されていった流れを敏感に受け取っていた世代が、楽曲を自分たちでバンドを組む年齢になった際に、グラム・ロック(特にデビッド・ボウイ)やジャパンのファッションを取り入れ、サウンドではエレクトロ・ポップで表現し始めた。

それをファッション・音楽メディアが後押しする形で新しい波として、強烈にアピールしていった。

※カルチャー・クラブのボーイ・ジョージについてBBCが制作したTV映画の「Worried About The Boy 」で、デビッド・ボウイを神と呼ぶスティーヴ・ストレンジが主宰していたクラブ「ブリッツ」でクローク係だったボーイ・ジョージ、スパンダー・バレエ、 Ultravoxのミッジ・ユーロ、ジグ・ジグ・スパトニックのマーティン・デグヴィル等の未来のスターが集う当時のロンドンの状況が描かれています。














また、1980年デヴィッド・ボウイのヒット曲「Ashes to Ashes」のプロモーションビデオで、スティーヴ・ストレンジも登場しています。

それでは、まずカルチャー・クラブから見ていきましょう。



ボーイ・ジョージは、後にヴィサージで有名となるスティーブ・ストレンジが経営するクラブのブリッツに共同生活していた友人(恋人)のマリリン等と入り浸っており、その奇抜な格好からクラブ界隈では有名となっていてブリッツでもスティーブ・ストレンジと仲違いするまで働いていました。

ちなみに、ヴィサージはこんなデカダンなイメージで曲も時代とマッチしていたし、ミュージック・ライフや音楽専科等の雑誌にもビジュアル的なインパクトがあるのでよく取り上げられていました。


Visage




Anvil (Reis)




丁度、時代的にもMTVの映像によるインパクトが売れる大きい要素となって行くため、強烈なビジュアルを打ち出していた美形のスティーブ・ストレンジやボーイ・ジョージ、マリリン、デュランデュランはタイミングも良かったのだと思います。

それが、ニューロマンティックと呼ばれてムーブメント化しますが、その中にJAPANがいないのは、ブリッツ関連じゃあ無いからなんですね。

それはさて置き、その後マルコムの企画した、アダム・アンド・ジ・アンツのメンバーを引っこ抜いたバウ・ワウ・ワウに一時期参加するも、メンバーと折り合わず脱退。その後、ジョン・モス等とともにカルチャー・クラブを1981年イギリスのロンドンで結成。

※ Vo.アナベラのモヒカンのビジュアルや、ジャングルビートの前衛的なサウンドで話題に。



ボーイ・ジョージの女性的なエキセントリックなメイクと服装、ポップでキャッチ―なメロディに外見とは裏腹にソウルフルな歌声の楽曲でヒット曲を連発。代表曲は「君は完璧さ」「カーマは気まぐれ」「ポイズン・マインド」「ミス・ミー・ブラインド」「戦争の歌」等。

1980年代前半にデュラン・デュランと共に第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンといわれるイギリスのポップミュージックが全世界で爆発的に売れるムーブメントを牽引。

特に「カーマは気まぐれ」のPVは、とても男性とは思えない妖艶さのボーイ・ジョージに、キャッチ―なメロディ、一度聞くと頭に残る歌詞は衝撃的でした。

メンバーは、ボーイ・ジョージ(Boy George)ボーカル、ジョン・モス(Jon Moss)ドラム、リーダー、
ロイ・ヘイ(Roy Hay)ギター、マイキー・クレイグ(Mikey Craig)ベース。

当時、知る由もなかったのですが、実際はボーイ・ジョージとジョン・モスは恋愛関係にあったようで、のちにBBCが制作したTV映画の「Worried About The Boy 」により知りました、そうだったとは・・驚き。

ちなみに、このTV映画は当時のブリッツを中心とした音楽シーンを知るには持って来いの作品で非常に面白いですよ。ボーイ・ジョージ役やマリリン役の俳優さん、演技も中々頑張っています。



活動休止していくのは、段々とセールスが落ちて行ったこともあるのでしょうが、ジョン・モスとの破局も一因なんでしょうね。

で・・・ジョン・モスの前の前・・の彼は、少し話題になったマリリンと一緒に住んで恋人同士であったみたいです。名前の通り、マリリン・モンローを意識していたのは言うまでもありません。若い時は結構可愛い感じでした。似たものどうしで気が合ったんでしょうね。
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上の写真は、左がマリリンで右がボーイ・ジョージ。ボーイ・ジョージの自伝「TAKE IT LIKE A MAN」より。
そのマリリンもスマッシュヒットを出しています。シングル曲「Calling Your Name」

Calling your name (1983) / Vinyl single [Vinyl-Single 7'']

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さて話を戻すと、1982年ヴァージン・レコードと契約。「ホワイト・ボーイ」でデビュー。9月に1stアルバム「キッシング・トゥー・ビー・クレヴァー」をリリース。シングル「君は完璧さ」が全英1位に。

Kissing To Be Clever




1983年:シングル「カーマは気まぐれ」をリリース(全英、全米で1位)2nd アルバム「カラー・バイ・ナンバーズ」(Colour by Numbers) をリリース。(全英、日本で1位)。

Colour By Numbers




1984年カラー・バイ・ナンバーズからシングルカットした曲はことごとく大セールスを記録。6月の2度目の来日公演も大成功します。映画「エレクトリック・ドリーム」からラブ・イズ・ラブ発表。10月に3rd アルバムをリリース。

この頃までがカルチャー・クラブとしては絶頂期で、その後もソロ活動でヒット曲を出しますが、音楽シーンの中心では無くなって行くことに…1986年4th アルバムをリリースするもののボーイ・ジョージ、ドラッグ事件で逮捕、活動停止に。その後、各自ソロ活動に。

Waking Up With The House On Fire




From Luxury To Heartache





1987年にソロアルバム「Sold」をリリース。ソロは結構話題になりスマッシュヒット!
1990年には「Jesus Loves You」名義で活動(アルバム「The Matir Mantra」一作のみリリース)。

Sold




The Martyr Mantras





1992年に、アカデミー賞脚本賞を受賞した同名映画の主題歌となった「クライング・ゲーム」(プロデュースはペット・ショップ・ボーイズ)がヒット。
1998年11月:再結成、コンサートツアー。
1999年12月:約13年振りのアルバムリリース。

クライング・ゲーム




Unrecoupable One Man Bandit





2005年10月コカイン所持と警察への虚偽通報の疑いで、ボーイ・ジョージが逮捕。2006年8月司法取引により5日間の社会奉仕活動の裁判所命令を受け、ニューヨーク・マンハッタンで清掃活動。

また、カルチャー・クラブは、美貌を失ったボーイ・ジョージの代わりのボーカルをオーディションを行い、サム・ブッチャー参加による再結成ライブが行なわれたが短命に終わりました。もっと続けても良かったのではと思いますが、何か事情があったんでしょうね。

2014年1月、ソロ活動再開。アルバムと2曲のシングルを発表。

ディス・イズ・ホワット・アイ・ドゥ





The Best Of Culture Club




This Time






At Worst...The Best Of Boy George And Culture Club




スピン・ダズル ─ ザ・ベスト・オブ・ボーイ・ジョージ・アンドカルチャー・クラブ




Boy George's Taboo (Original London Cast Recording)




2014年、カルチャークラブ再結成。US・UKツアーを実施。2018年には19年振りアルバム「Life」をリリース。



■関連映像

ボーイ・ジョージ&カルチャー・クラブ:ベルリン・ライヴ2018(字幕版)




カルチャー・クラブ ‐ ライブ・イン・シドニー






ジュールズ倶楽部 第81夜▽カルチャー・クラブ、ハービー・ハンコック




カルチャー・クラブ ‐ ライブ・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール(20周年コンサート)





■関連書籍























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■Duran Duran




今回は、デュラン・デュラン。1978年バーミンガムにて結成。

1980年代前半、ヴィサージと共にニュー・ロマンティックムーブメントやMTVブームの火付け役でした。

WILD LIFE-THE BEST OF



やっぱり、70年代と80年代以降が大きく違うのは、MTVでのビジュアルが売り上げの重要な要素になったということで、MTVのクリップが面白い、ダンスが面白いと70年代の音楽そのものだけではなく視覚的な要素が強くなったと言えるでしょうね。

ところで、リーダーでキーボードのニックローズは、JAPANのデビッド・シルビアンの大ファンだったらしく、ミック・カーンの自伝によるとデビュー前のデモテープが送られてきたと記載されていた。実際、冗談ではあったかもしれないが、ニック・ローズはとあるインタビューで、デビッドは僕のお兄ちゃんなんだと答えていますw。

特に初期の頃は、ビジュアル面やサウンドにもJAPANの影響が感じられます。ただ、サウンドを比較すると欧州的に耽美的なJAPANに対して明るいサウンドだったということもあり、JAPANはアメリカでは成功しませんでしたが、彼らはアメリカでの成功も手に入れることができました。

Quiet Life



デュラン・デュラン、カルチャークラブ等の英国のバンドがアメリカに進出して成功していたため、この時期を第二期ブリティッシュ・インベイジョンと呼ぶ事もありました。

バンド名はジェーン・フォンダ主演の映画『バーバレラ』登場する悪役「デュラン・デュラン (Durand-Durand) 博士」から取ったようです。(面白い趣味だな・・・)




略歴
1978年、ニック・ローズ(リーダー:キーボード)、ジョン・テイラー(ギター)、サイモン・コリー(ベース)、スティーヴン・ダフィ(ヴォーカル)によって結成。

1980年、様々なメンバーチェンジ後、ジョン・テイラーがベーシストへ転向する。そして後任のギタリストとしてアンディ・テイラーが加入。その後、オーディションによりサイモン・ル・ボンが加入。ようやくデビュー時のラインナップが揃う。

■アルバム
・デュラン・デュラン - Duran Duran 1981
・リオ - Rio 1982
・セブン・アンド・ザ・ラグド・タイガー - Seven and the Ragged Tiger 1983
・アリーナ - Arena 1984
・ノトーリアス - Notorious 1986
・ビッグ・シング - Big Thing 1988
・ディケイド - Decade: Greatest Hits 1989
・リバティ - Liberty 1990年
・デュラン・デュラン(ザ・ウェディング・アルバム) 1993
・サンキュー - Thank You 1995
・メダザランド - Medazzaland 1997
・グレイテスト - Greatest 1998
・ストレンジ・ビヘイヴィア - Strange Behaviour 1999
・ポップ・トラッシュ - Pop Trash 2000
・アストロノート - Astronaut 2004
・レッド・カーペット・マサカー〜美しき深紅〜 - Red Carpet Massacre 2007
・オール・ユー・ニード・イズ・ナウ - All You Need Is Now 2010
・ア・ダイアモンド・イン・ザ・マインド - A Diamond In The Mind: Live 2011 2012
・ペイパー・ゴッズ - Paper Gods 2015

1981年2月、シングル「プラネット・アース」(英12位)でデビュー。
4月、シングル「ケアレス・メモリーズ」(英37位)。6月、1stアルバム『デュラン・デュラン』リリース。

Duran Duran (Deluxe Edition)




全英チャートで3位を記録。2度目の全英ツアー。7月シングル「グラビアの美少女」(英5位)リリース。9月パリ、ブリュッセルなどでライヴ、全米ツアーを行う。11月シングル「マイ・オウン・ウェイ」(英14位)リリース。12月、3度目の全英ツアー。
1982年4月25日〜5月1日、初来日公演。東京、大阪、名古屋で5公演を行う。5月、シングル「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」(英5位)リリース。2ndアルバム『リオ』(英2位)リリース。



6月から8月にかけて、北米ツアー。8月、シングル「セイヴ・ア・プレイヤー」(英2位)リリース。9月から10月に、ヨーロッパ・ツアー、全英ツアーを行う。11月、シングル「リオ」(英9位/アメリカでは1983年4月、最高位14位)リリース。12月、ビルボード・チャートに「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」が77位に初登場。1983年3月、最高位3位を記録。

1983年3月、シングル「プリーズ・テル・ミー・ナウ」(英1位/米4位)リリース。
6月、1stアルバム『デュラン・デュラン』に「プリーズ・テル・ミー・ナウ」を追加収録して、アメリカと日本で再リリース(米10位)。
アルバム『リオ』が、アメリカで最高位6位を記録。10月、シングル「ユニオン・オブ・ザ・スネイク」(英3位/米3位)リリース。
11月、3rdアルバム『セヴン&ザ・ラクド・タイガー』(英1位/米8位)リリース。



12月、全英ツアー開始。1984年、シングル「ニュー・ムーン・オン・マンデイ」リリース。「ザ・リフレックス」が全米(6月23日付〜6月30日付の2週連続)、全英で初のシングルチャートNo.1を獲得。「ワイルド・ボーイズ」は全米(12月15日付〜1985年1月5日付の4週連続)全英共に第2位。

1985年、シングル「セイヴ・ア・プレイヤー」(米16位)がアメリカで発売。
一方この頃から、別のプロジェクトも始動。ジョン・テイラーとアンディ・テイラーがドラマーにトニー・トンプソン、ボーカルにロバート・パーマーを従えパワー・ステーションを結成。

Power Station




The Best of The Power Station





サイモン・ル・ボン、ローズ、ロジャー・テイラーはアーケイディアを結成。アルバムにスティングやデヴィッド・ギルモア、土屋昌巳などの参加で話題に。

So Red the Rose




1985年7月にライヴエイドに参加「007 美しき獲物たち」「ユニオン・オブ・ザ・スネイク」「セイヴ・ア・プレイヤー」「ザ・リフレックス」を披露。

なおパワー・ステーションも参加している。そしてシングル「007 美しき獲物たち」が2週連続第1位(7月13日付〜7月20日付)を獲得(なお全英では第2位)。ロジャー・テイラーとアンディ・テイラーが脱退。

ライヴ・エイド・ハイライツ!-20 YEARS AGO TODAY [DVD]





この頃、までが絶頂期でその後、元ミッシング・パーソンズのウォーレン・ククルロ(ギター)、アヴェレージ・ホワイト・バンドのスティーヴ・フェローン(ドラム)が参加してバンドは継続。

Spring Session M.




In Concert (Live)





1987年、シングル「ノトーリアス」が全米2位(1月10日付)を記録(全英7位)

Notorious




個人的には、ウォーレン・ククルロはエフェクターの使い方が非常に上手く個性的なプレイをするので、好きなギタリストの一人。
キング・クリムゾンのエイドリアン・ブリューと比較的似たような感性の持ち主と思う。

Live at Rockpalast Forum, Leverkusen, Germany 3rd November, 2008




Inner Revolution (US Internet Release)





しかし・・・栄枯盛衰の早い英国音楽シーンの中心ではなくなってくるものの、このバンドはシブトイ!

現在でもオリジナルメンバーで復活したり、そこそこのヒットを出しながら音楽活動自体は続いており、往年のファンから非常に愛されているバンドだと思います。

ビッグ・シング




ディケイド






リバティ




ザ・ウェディング・アルバム






サンキュー




メダザランド






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Strange Behaviour Italian Picture Disc






ポップ・トラッシュ




Astronaut (初回)






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Paper Gods






MUSIC LIFE Presents デュラン・デュラン (シンコー・ミュージックMOOK)




ザ・シングルズ 81-85






ミニ・アルバム×4




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Arena






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デュラン・デュラン:ロック・レジェンズ





■81年初来日より35年ぶりの日本公演に向けたインタビュー
(参照 NME JAPAN https://nme-jp.com/feature/42924/ より一部抜粋)

サイモン・ル・ボン
随分長い間行ってなかったんだね。日本は世界中で一番好きな国なんだ。

日本にいるとすごくリラックスできる。僕は日本人が大好きなんだよ。

日本人ならではの正直さ、生真面目さのなかに自由を感じるところがね。そして、デュラン・デュランをずっと応援し続けてくれている。
だからこそ、そんなファンのために何かができたら、という思いになるんだ。

9月に行った時には、そんなファンと僕たちとの思いを再確認したいと思っているよ。
日本は文化的にもアーティスティックな面でも素晴らしい国だと思っているんだ。

81年に初めて日本でライヴをした時に、ファンの熱狂的で献身的なサポートを経験しているし、音楽メディアの男性とのインタヴューでも、日本における洋楽シーンの重要性を感じることができた。

自分たちはただのアイドルじゃなくて、音楽的にも受け入れてくれる国があるんだ、と思わせてくれたのが日本だったんだ。





posted by autmaticmode at 16:42 | NEW ROMANTIC MOVEMENT | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする